http://blog.hatena.ne.jp/hatenasupport/tsubame-chem8.hatenablog.jp/subscribe

tsubameのイロイロ

おもったこと、きづいたこと、イロイロ

攻め・守りのイロイロ

生活のいろいろな場面で攻めと守りがあると思っています。いや、常に戦っているわけでも討論しているわけでもないですよ。常在戦場じゃないですから。そんなことしてたらいくら身体と心があっても足りません。

仕事が一番簡単に挙げられる例だと思います。ある仕事を行っていて、次に進むべきか、それとも今の状態を維持するべきか。攻めるのか守るのか。直感で決める人もいますが、私はとにかく情報を収集します。
その仕事に関わる情報を集めて分析して判断します。もちろん全ての情報を手に入れられることは難しく、分析結果も正しくない可能性があります。それは一人で分析しても、チームで分析しても同じです。
結果としてどちらを選択してもいいのです。結果が良かったか悪かったか、などという未来を予測することは不可能ですし、結果が悪かった、と当事者が思っていても、他の人から見たら新しい発見を得られたかもしれません。

打ち合わせのときにも攻めと守りが生じます。この場合は一方的なこともありますが、双方の主張のぶつかり合いの場合は攻守交代の場合もあります。一方が主張を話し、もう一方が聞く。それが終わったら次に聞いていた側が主張を展開し、もう一方がそれを受ける。
最終的にどこに落とすか。その落としどころをどこにするか。それがディベート巧者なのだと私は考えます。
ディベート巧者は自分の主張の全てを相手に飲ませるような、無理を相手に強いらせない。相手に花を持たせることを忘れない。ただし自分が「ここは譲れない」という部分は確実に結論に盛り込む。
押すだけではなく、かと言って引く一方でもなく。押し引き、駆け引きの中で事前のストーリーとその場のアドリブをうまく使いこなす。相手は良い気分になるが、よくよく見ると結論は相手の主張ではなくこちら側になっている。
そんな打ち合わせができるようになるのは、場数を踏み、失敗を重ね、その失敗から学び、そして相手への敬意を忘れない。そのような経験を積んだ人、そして努力を忘れないという才能を持った人が手に入れられるものだと考えます。

私は最近将棋を始めました。
将棋の面白いところは「相手がいる」ということ。相手がいるということは、自分の思い通りにならない、ということです。
また、攻守も場面によって変わります。攻めを受けきったら、守りきったら次は攻め。常に攻める、なんてことはほぼありません。守備を固めて攻めに行く。攻めの位置も自分の思っていた場所ではないかもしれません。
81マスの攻防。皆さんも「にわかファン」で構わないので、駒の動かし方を覚えて、NHK杯(毎週日曜日午前にEテレで放送しています)をご覧になると面白いと思います。