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tsubameのイロイロ

おもったこと、きづいたこと、イロイロ

人生の苦悩と光

改善・開発する生産技術グループから設備・装置の保全・改善・故障対応する設備技術グループに移って一年半。
生産技術Gは大学院卒主体であり、ある程度グループが仕上がっていたフォワード的存在。
それに対する設備技術Gは高専・高卒主体であり、彼ら・彼女ら自体は優秀だが、グループとしてはまとまりが弱いディフェンダー的存在。

苦悩の一年半。そして計六ヶ月の休職。

フォワードがディフェンダーにコンバートされるだけでも慣れない中、更にグループを固める役割と他グループとの架け橋の仕事を並行させる日々。

今思い返すと無理を強いられていたと思う。

人員が増え、設備技術Gにも余力が生まれてまとまりも生まれてきたような気がするが、私からするとまだまだ足りない。もう少し頑張って欲しい。

倒れる前には増員を拒まれていたのに、戻ってみたらきちんと増員されていたことは、喜ばしくも腹立たしさでいっぱいだった。将棋で言うところの手順前後だ。増員できるんだったら早く手を打てよ、と。マネジメント層のミスとしか言えない。これは深く傷ついた。この部門のマネジメント層に仕える気は、ここで失くなった。

今は仕事も生活も手探り状態にある。
躁うつ病と診断されたから、ではない、と思っている。妻と毎日長時間話す。カウンセリングみたいなものをしている。

仕事も生活も順調だ。コロナ禍においてありがたいくらい安定した生活を送っている。不満を言う事自体がみんなに申し訳ないと思う。
でも、足りない。足りないように感じているだけなのは分かっている。蜃気楼のジグソーパズルをしているようだ。幻想のピースを埋めようともがいている。

40年近く身勝手に生きてきた。周囲に恵まれたことに本当に感謝している。
自分の能力を如何に発揮して、仲間に貢献できるか。そのために日々どんな努力をするか。
「人を幸せにする為には、まず自分が幸せにならないと」と言われて、その通りだな、と、その時は思った。でも違和感があった。ん?
まず、幸せにしたい人を選んでもいいんじゃないか?と。
私は善人じゃないので、誰もが幸せに、なんて思えない。相性の合う人も合わない人もいる。

幸せにしたい人を選ぶ→その人たちと共に自分も幸せになる。他の人は他の誰かと共に幸せになってもらえばいいか。それ、俺の仕事じゃないし。

そうだった。書いてて気づいた。毒吐いてなんぼ、で生きてきたんだっけ。いつから八方美人になったんだろう。
好きな人は好き。合わない人は合わない。それでいいか。

好きな人は好き。好きなことをは好き。好きを増やして、好きを周りに見えるようにして、嫌なものは嫌、って、子供のように無邪気に、身勝手にこれからも生きればいいのか。

歳を重ねても、精神年齢は幼いままなのだから。そう。心は男子高校生のままだった。下手な大人の演技してるから、気持ちと精神にズレが生じて行き詰まる。
いつまでも、いつまでも。
日をまたいでしまった。さぁ、寝よう。